Interior 〜 Simple Living High Thinking 〜

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100年という時を今。 01:41
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    1917年5月13日。

     

    ポルトガルのファチマで、

    マリア様が3人の牧童の前にご出現になりました。

     

    今日はそれからちょうど100年です。

     

    5月から10月まで、毎月13日に会うことを約束され、

    マリア様は私たちに様々なメッセージを残されました。

     

     

    100年前!

    ドリームスペルでは、青い月の嵐の年〜黄色い電気の種の年です。

    5月13日は、白い共振の犬。KIN150。

     

    今日は、白い倍音の犬。KIN250。

    ツォルキンがちょうど100違うのもなんかシンクロ!

    ( *´艸`)

     

    6月13日は、赤い水晶の竜。KIN181。(今年はKIN21)

    7月13日は、青い電気の猿。KIN211。(KIN51)

    8月13日は、白い銀河の風。KIN242。(KIN82)

    9月13日は、赤い宇宙の空歩く者。KIN13。(KIN113)

    10月13日は、青い自己存在の夜。KIN43。(KIN143)

     

    後半2か月も100違い!

     

    ルチアを通して私たちに終始語られたことは、祈ること。

    世界平和のために。

    罪人のために。

    ロザリオの祈りを毎日唱えること。

     

     

     

    5月はマリア様の月。

    身ごもったマリア様が、おばのエリザベトを訪ねたことを

    毎年5月の最後の日に、教会ではお祝いしています。

     

    エリザベトは私の霊名。

    5月に私のところに来てくださる皆さまに感謝します。

     

     

    誰かのために祈ること。

     

     

    お祈りの文をしらなくとも、私たちは「祈る」ことができます。

     

     

    100年前に思いをはせて、

    今日はロザリオとともに祈りたいと思います。

     

    地球のために。

    世界のために。

    あなたのために。

     

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    愛を祈る 10:18
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      このところのもやもや。

      受け入れたら落ち着いたの。

       

      ギリギリこちら側で生きてるけど。

      認知のはじまり。

      母。

       

       

      悪者をつくって自分を守る。

      いつも自分は被害者。

      あの人のことを我慢している私。

      あなたたちのためにがんばっている私。

      それ以外の角度の見方がない。

       

       

       

      周りは振り回されて困惑。

       

      私はそれを見せられている。

       

       

       

       

       

      ああ、今日は白い惑星の鏡。

      惑星の月だから、魔術のカメの日。

      てんびん座の満月15時8分。

      (158も鏡だ。月の鏡。)

      38週の始まり。

      (38も鏡だ。水晶の鏡。)

       

      今日のKINは、去年の時間を外した日。

       

      今日の類似KINのわたし。

         反対KINの大王。

         神秘KINの息子。

       

       

       

       

      あー、本当、戻った!私。

      落ち着きました。

      私の心に、映し出す鏡があること。

      (*´艸`*)

      感謝します。

       

       

      できることはただ祈ることだけ。

       

       

      今日もいつもありがとうございます。

       

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      神殿に住む神とともに。 15:13
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        今日はお天気になりました。

         

        聖書の分かち合いに行くために、藤ノ木駅へ。

        いろいろ工事中。

         

        明日から、JRはダイヤ改正。

        とうとう若松駅も無人駅に。

         

        列車が廃止されないだけマシか、と思うけれど、

        なんだか寂しい気持ちです。

         

         

         

        今日の分かち合いは、空の鳥、野の花、のくだり。

        そう、あるがままで愛されているという話です。

        思い悩むな、と。

         

        神様に養われ、守られている私たち。

         

        しかし、現実をみれば、

        富を貪るものがあり、貧困に喘ぐ人がいる。

         

        その貧困を盾に取る人もいれば、

        富を分ける人もまた存在する。

         

        私は裁かない。

        裁くのは主。

         

         

        生きる気力のない私のインナーチャイルドだったけれど、

        ふっと私も考えてみた。

         

        私、生きる方向を向いているだろうか?

        どちらかというと、「終わってもいい」方向を向いてはいないか?

         

        自分で気づいていなかったけれど、

        鬱とかの自覚はないけれど、

        年度末だからかもしれないけれど、

        「終わる」ことにほっとしている自分がいるわ〜。

         

         

        毎日は楽しいし、

        まだまだ読みたい本も、知りたいことも、

        山ほどあるけれど、

        魂は静かだ。

         

        「わたしの魂は沈黙して、ただ神に向かう」

         

        詩編にあるように、まさにそんな感じの私!

        でもそれじゃまずいんだろうか?

        それでいいんだろうか?

         

        「思い悩むな」

         

         

        そう、私たちはいつだって神様を信頼して生きる。

        「いつも心を開き、すべてをゆだねよう」

         

         

         

        今年度は3月1日が灰の水曜日で、四旬節がはじまりました。

        受難があり復活がある、教会のカレンダー。

         

        神とともにいることが私の魂の喜びならば、

        私はその道をゆくまでです。

         

         「あなたがたは自分が神の神殿であり、

          神の霊が自分たちのうちに住んでいることを知らないのですか。」

         

         「主は仰せになる。

          私は世の終わりまでいつもあなたがたとともにいる。」

         

         

        今日の太陽は藤ノ木駅から。

        なんて素晴らしい光!

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

         

        今日もいつもありがとうございます。

         

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        けんそんのしおり 14:41
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          1953年初版のレオ13世によるけんそんのしおり。

          その中にある祈りです。

          どこが自分にひっかかるかは、その人によって違うのですが、

          あなたの魂の気づきになりますように。

           

           

          心の柔和、けんそんなイエズス、私の祈りをききいれられよ。

          とうとばれようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          愛されようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          もてはやされようとののぞみより、イエズス私を救われよ。

          うやまわれようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          賞賛されようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          選出されようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          相談をもちかけられるようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          ていねいにあつかわれようとののぞみより、イエズス、私を救われよ。

          はずかしめられるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          軽んじられるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          拒絶されるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          ざんげんされるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          おき忘れられるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          あざけりを受けるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          ののしりを受けるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          うたがいを受けるおそれより、イエズス、私を救われよ。

          自分よりもほかの人が愛されることを喜ぶよう、イエズス私を助けられよ。

          自分よりもほかの人が尊重されるのを喜ぶよう、イエズス私を助けられよ。

          自分よりもほかの人がよろこび迎えられるのを好むよう、イエズス、私を助けられよ。

          自分はしりぞけられ、ほかの人はもちいられるのを喜ぶよう、イエズス、私を助けられよ。

          自分はみすてられ、ほかの人は賞賛されるのを喜ぶよう、イエズス、私を助けられよ。

          すべてにおいてほかの人がさきにえらびだされるのを喜ぶよう、イエズス、私を助けられよ。

          自分の徳がすすめば、ほかの人はそれ以上完徳にすすむことを喜ぶよう、イエズス、私を助けられよ。

           

           

           

          つまりは自分の心が「空(くう)」であることを求めて祈る。

          ただ受け入れること。

          すべてが愛であることを感じること。

          これは自己犠牲ではないのです。

          恐れずに「空」であり「愛」であるからこそ、すべては輝き。

          ( *´艸`)

           

           

           

           

           

          今日のお昼。ハムカツサンド!

          うわ〜!厚!!!

          美味しい〜

          今日もいつもありがとうございます。(*´▽`*)/

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           

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